可視化
僕が常々話している「一人一人の想像力によって理想的にイメージ出来る読書体験」に対し「具体的に誰か人が演じ見せてしまう演劇、その観劇体験」が優ることはあり得るだろうか? という命題と、それを乗り越えようというチャレンジは、何がどうであれ重要なことだと思う。…だが一方、演劇にも「可視化」させるという重要な側面があることは忘れてはならない。
この世の中には隠れていてそのままでは見えにくい、見えないものが沢山ある。それを見えるようにする、という仕事を担うなら、それは社会の中でとても重要な仕事だなぁと僕は思う。人の持つ視野というものは決して広いものではない。大きすぎるもの、小さいと思い込んでいるもの、遠くのもの、近すぎるもの、指向性を持つ優れた器官は時に、様々なものを視野の外に置く。そして、その中には見逃してはいけないもの、勿体ないもの、がやはり沢山ある。演劇がきっとそれを見せよう。可視化の担い手という認識もまた、持っていて良いと思う。